小説 多田先生反省記
21.人事のうねり
三月も終わりに近づこうとする頃になって平尾から電話があった。
「入試の採点も終わって春休みのところ恐縮ですが、近いうちに一献差し上げたいと思っております。お付き合いいただけますか?」
「はあ、僕はいつでも構いませんが…」
早速、日程を調整し、二人して一盞(いっさん)することになった。ただし、この平尾との会食については他言無用との御達しが下された。電話が設置されたことはごく限られた人物にだけしか知らせていなかったのだが、平尾は中川から既に聞いていたようだった。会食の場所は東京に本店を置く中州の鰻屋が指定された。所定の時間に行って案内を請うと平尾が待つ部屋に通された。
「多田さん、今夜はお呼びたてをしまして失礼を申し上げました」平尾は端坐したまま慇懃に挨拶を寄越した。
「いえ、先生こそお忙しいでしょうし、ご健康の方が気になっていました。この春にはまたご入院なされたと伺っておりましたが、奥様からご面会は遠慮いただきたいと云われましたので、失礼をしておりました。その後いかがですか?」
「ええ、この老体ですからね。入試の方も一段落つきまして、検査のために入院しただけです。掛かり付けのお医者様からはあまり無理はするな、と云われましたが…」
「そうでしたか。どうぞお体をお労りください」
「有難うございます。今日、お越しいただきましたのは他でもないのですが」平尾がそう言い掛けたところで突出しとともにビールが運ばれた。仲居さんがグラスにビールを注いでくれたのだが、どうにもグラスが小さくて心許無い。
「お料理の方は私が見繕って頼んでありますし、どうぞ、私にはお構いなくビールをお召し上がりください」
「有難うございます」
平尾はお茶を飲んでいる。案の定、グラスは一口で空になってしまった。二杯目からは手酌でビールを飲んだ。
「先生、このお店は日本橋の支店なんですか?」
「そうです。福岡ですと柳川の鰻が全国的に有名ですが、ご存知の通り、私はお江戸の育ちですからね。どうしても背を裂く捌きでないといけませんし、柳川の鰻は大振りでして、何と云っても、たれが甘すぎて口に合わないんです」
博多に赴任して数か月が過ぎ去ってから、久留米まで出かけて、さらにバスを乗り継いで田んぼの中にある一軒の農家と思しき所に招待されたことがあった。そこでは近くで獲れた鰻を調理してくれたが、関東と同じ捌き方だった。じっくりと炭火で焼いた、大きすぎることもない天然鰻の味わいは逸品だった。この時は今夜と違って古賀と中川も一緒だった。暫くして白焼きが運ばれてきた。山葵醤油で食べてみるとこれも実に旨い。白焼きには辛口の酒が合う筈だと平尾は私のために日本酒を頼んでくれた。
「博多ではどこに行ってもお刺身の醤油が甘ったるくて駄目なんですけど、このお店では流石に醤油は江戸紫を使っていますね」
「あなたも東京のお方ですからお分かりですよね。こちらの刺身醤油は関西のたまり醤油とも違うんですけど、あれはさっぱり感がありません。お刺身の味を台無しにしてしまいますね。ところで、先ほど云い掛けた件ですが…」わざわざ二人だけで会いたいとの申し出の件に話が及んだ。「すでにお聞き及びかとも思いますが、中川さんは九大に移ろうとしたんですよ」平尾はいかにも呆れたというような面持ちでそう言った。
「はい。暫く前になりますが、苅田先生らとご一緒しまして、その話は伺いました」
「多田さん、お若いあなたを打ち捨てて行こうなんて事になるわけですからね、私も大変驚きましたよ。私だってこの通り病弱な体ですから、いつまでも城南にお勤め出来るとは限りませんし…」
「いえ、先生にはこの先まだまだご活躍いただきませんと…」私が博多に来た最初の晩に中川もこんな言い方をしていたような気がした。
「最初にね、学長から相談があったんですよ。六本松から中川さんの割愛願いが届いたけど、あなたはご存知でしたか、と云われましてね。寝耳に水でした。失礼な話ですよ。私に何の断りもなく、九大に履歴書を出すこと自体が」これまでのドイツ語の人選をすべて取り仕切ってきた平尾からすれば怒り心頭となるのは当然のことだろう。「どうせ、笹栗さんと松浦さんあたりから唆(そその)かされたんでしょうけどね」吐き捨てるように言った。
「僕も全く聞いておりませんでしたのでよくは分からないんですけど、中川先生は特段、城南が嫌になったのではないと仰っておられました」
「そりゃ、そうですよ。元々はドイツ語の専任は私一人だったんですけど、それを四人まで枠を広げたのは私ですからね。だというのに、古賀さんはあの通り、突然転職してしまいましたし、まだ補充されていないでしょ。私も学長とはいろいろと古賀さんの後任人事について相談していたところだったんです」
また仲居さんが入ってきて今度は焼いた鰻の骨を持ってきた。
「御姐さん、お銚子を二,三本まとめて持ってきてくださいな。そして私には土瓶で結構ですから、番茶をね」
焼いた鰻の骨は子供の頃にも食べたことがあった。祖父が囲炉裏で焼いてくれたのだったが、その当時は煎餅の方がずっと旨いと思った。年月を経た今、改めて手間暇のかかったこの鰻の骨は食感が好いばかりか、お酒の宛としては絶品である。日本酒よりもビールが合いそうだが、勝手にビールを頼むわけにもいかない。
「それにしても中川さんはこのところ何でもご自分でお決めになれると思われているようで、ちょっと困っているんですよ」
私は対応に窮した。うまい頃合いに又襖が開いて、お銚子と番茶が運ばれた。
「先生はこれまで一度もお酒を召し上がったことはないと、伺っておりましたが…」
「生涯に一度だけあるんです」どうにも苦い思い出のようだ。顔を曇らせている。「私はこの通り、食事の時には番茶しか飲まないんですけどね、ある時、同僚がコーラを飲んで御覧なさい、と云いましてね。私は食事の時にああした甘味料の入った飲み物はいただかないんですけど、断りきれずに一口飲んだんです」
「はあ、如何でしたか?」
「直ぐに吐き出しました。あれはいけません。私はそれまで一度もコーラなるものを飲んだことはなかったんですが、同僚は悪ふざけをしてウイスキーを入れていたんです」
「コークハイですね。このところ流行っているようですが」
「同僚はウイスキーが入っていることがばれたと思ったようだったんですけど、私はそもそもコーラの味を知りませんからね。薬のような匂いがしましてね、コリャ、不味いと思ったんです。洒落じゃありませんよ」平尾は悪戯っぽく笑った。
今度は肝吸いが出された。
「先生は鰻がお好きなようですが、フグは召し上がらないんですか?」
「そうですね、フグだけは食べないんです。当たるのが怖いんです」平尾は子供っぽい笑みを浮かべながら吸い物のお椀に口をつけた。この後も中川のこのところの行状についてあれこれ愚痴を聞かされたが、私は「はあ」とか「ええ」とか答えざるを得なかった。鰻巻きに続いて最後に蒲焼が供されてコースが締め括られた。平尾はお酒を一切飲まないが、なかなかの健啖家である。平尾はこの時も私を招待しただけでなく、帰り際には康子への土産と称して蒲焼が持たされた。私は有難く押し戴くしかなかった。
すでに一昨年の事だったが、佐賀大学のドイツ語教員のポストが空いたということで、私の人選に倣って学修院の卒業生をそこに推し入れようとする動きがあった。この時は中川だけでなく、笹栗もこの人事に絡んでいたようだった。私の先輩の若松が候補となった。若松は大学院では学年は一年だけ先輩だったが、学部を卒業してから暫くサラリーマン生活をして、改めて大学院に入り直した男なので歳は私を遥かに勝っていた。大学院を終えてからは非常勤で生活を立てている。若松は書を嗜み、また尺八の名手でもあった。一度、大学でその尺八の腕前を披露してくれたことがある。何やら秋の紅葉を曲にしたものだと言って吹いてくれたのだが、私にはすーひー、す−ひーとしか聞こえなかった。若松は佐賀大学へ履歴書を出して書類選考も順調に済み、年が明けて暫くしてから面接の為に佐賀大学に出頭することとなった。その序でに博多に立ち寄ったので、二人して中州で前祝いをした。
「俺は寝台車に乗るのは初めてだったんだ。それで切符を買いにいったらさ、ジョウダンでいいですか?なんて聞かれてさ、冗談なんかじゃなくて本気ですって答えちゃったよ。相変わらず田舎もんだからな」若松は会津の出だ。アクセントに訛はあるものの、言葉遣いそのものは東京コトバだった。
「若松さん、博多も田舎でしょ。まだチンチン電車も走っているくらいですからね」
「確かにな、東京じゃ今では王子と早稲田の間だけだもんな。あれが中央線を走っていたら面白いだろうな」
「なぜですか?」
「ほら、俺はキッシュージにいるけどさ」若松は今もって東北人らしく駅名の吉祥寺をキッシュージと呼ぶ。「その先に三鷹があるだろう」
「成る程、次は〜、チンチン見たか?ですか」
「それにしても俺達ってこんな話してていいのかな?多田、お前といるとどうしても話が文学的じゃなくなるんだよな」
「ま、僕の専門は語学でして、文学からは縁遠いからいいですけどね」
「お前の住所にしてもよ、みんなとさ、どう読むかって議論になったよ。ヒャクミチだろうって云う奴もいれば、多田はスケベだからモモミチじゃねえかなんてさ」
「あれはモモチ(百道)です。それにしても学修院の独文ってあんまり学問的な話をしないですよね。大学院の話ですけどね、英文の方じゃ昼休みでも喧々諤々と議論しているらしいですよ。あのイギリスのロマン派の詩人のワーズワースの詩が話題になっていてですね、『どう思うか?』って聞かれた一年生が『いいですね』って答えたら、『そんなミーハーみたいな答え方をするなっ』て先輩から叱られたことがあるそうです」
「そうだな、俺たち独文研究室じゃそんなことはゼミの時しか話をしないよな。それによ、先生たちだって学会の錚々たる人たちばっかりだけどさ、ある時な、合同研究室で、名前は伏せておくけどな、二人の先生がエロテープをイアホンを付けて聞いていたんだって。その時にな、院長が偶々研究室に来て、二人を見てさ、『お勉強ですか?』って声を掛けたって話、知ってるか?」
「それは初耳ですね。誰ですか?その二人って?」
「一人はお前の指導教授だよ」
「それにしても独文って何でもおおっぴろげですよね。これも昔の話ですけどね、その当時まだ若かった独身の先生がね、宿舎で暮らしていたそうで、学生が遊びに行ったんですって。そしたら、女性の下着が部屋に干してあったらしいんですよ。それでね、ある学生は『何で独身の先生の宿舎に女性の下着があるんだろう?』って思っていたら、別の学生は『女の人はノーパンで帰ったのかなあ』って考えていたっていう話も聞いたことありますよ」
「そうだな、どうも俺たちだけじゃなくて、これは独文研究室の伝統みたいだな」
「若松さんは、奥さんとはいつもどんな話をしてるんですか?矢張り、文学論を戦わしているんですか?」
若松は前年の秋に結婚したばかりだった。
「そんなことないよ。いつだって遅くまでいちゃついてるさ」
「そうですか。僕も結婚することにしました」その時は結婚するとはまだ決まってはいなかったが、私は見合いしたことなども含めて話した。
「そうか、お前も結婚するか。おれが佐賀に決まったらいつでも家族ぐるみで交流できるな。俺たちも福岡にくるからさ、お前も佐賀に来いよ」
「僕、唐津には行ったことはあるんですけど、佐賀市内にはまだ行ったことないんです」
「これから楽しみだな」
その翌日、若松は浮き浮きとしながら佐賀大学に行った。
もう既に30歳を超えているのだが、下宿のおばさんも一目見て「よか青年じゃねぇ」と言うほど気さくな先輩でもあり、私もこの春からの行き来を楽しみにしていた。やがて春めいてきた頃になって若松から一通の達筆な書状が届いた。佐賀大学の採用は叶わなかったのである。後に笹栗からその経過を詳しく聞かされた。この人事は当初、平尾に伺いがきたようで、平尾は中川にそれとなく佐賀大学にドイツ語教員の空きポストが出たことを耳打ちしたのだった。中川はそれを私の採用の時と同じく解して、さっさと学修院の方に人選を依頼した。平尾にしてみれば流れはそれでよかったのだろうが、中川が人事権を掌握したような気になって、どんどん勝手に事を進めているのが気に入らなかったのである。当然だろう。平尾の顔は丸潰れになってしまう。しかし、直ちにその人事を潰してしまわないのが、平尾が狡猾であるところだ。若松には実に丁重に佐賀大学に赴任してもらえることを慶賀の至りとまで書いた手紙を送っていたのだ。誰しも若松が採用されることに疑いを挟むことはなかった。しかし、若松は不採用となった。採用されたのは九州大学を終えた若松よりの年配の梅林敏子だった。梅林を採用することは初めから決まっていたのではなく、中川が先走った頃合いに平尾によって仕組まれたようである。最後までその伏兵についてはどこからも漏れることなく、佐賀大学の人事をも掌握していたかのような心持となっていた中川への平尾の報復はこうして行われたのである。初めて知った大学人の醜い争いだった。中川の城南での立場を案じた笹栗と松浦が中川を九大に招聘しようと考えたのもそうした経緯が背景にあったようではあるが、二人は六本松ではいわばアウトサイダーのような立場でもあり、ここで中川を取り込むことによって自分らの権勢を広げようとの思惑もあったのだ。だが、今度は中川が土壇場でそれをひっくり返してしまった。篠栗の怒りも尋常ではない。
「お前には黙っていたけどさ、中川の野郎、俺の面子を見事に潰してくれたよな」笹栗はあからさまにそう言った。
「でもさ、俺たち目黒の人間がいがみ合うわけにもいかねえだろう。頭にきたけどそこは大人になんなくちゃな」学修院は校舎が山手線の目黒駅に隣接しているところから笹栗はいつもこういう言い方をする。
「はあ」
「気のない返事するんじゃねえよ。俺たちはな、こうして福岡に拠点を作ったんだから、ここでちゃんと一致団結して、目黒の人間ここに在りっていうことを見せつけなくちゃいけねえんだ」
「そうですね、城南の方も古賀先生が転出されてからまだ補充されてませんしね。平尾先生ももう大分お体がしんどくなっているから早いとこ後任人事を進めなくちゃいけないって云ってました」
「そうだよ、あの時は俺が国分さんに非常勤をお願いして、何とか体制は保ったけど、そろそろ後任人事を進めなくちゃ駄目だよな」
「そうみたいですね。今年はもう無理でしょうけど、どうやら来年度に向けて話は進んでいるみたいです」
「うん、中川から聞いてはいる。中川はどうやら目論みはあるみたいだな」
「目論みって、採用人事のですか?」
「そりゃ、そうだよ。当たり前じゃねえか。ところでお前、九大に来ないか?」
「え?」中川が辞退したお鉢が私に廻ってきたのかと驚いた。
「非常勤だよ。慌てんな!」
「ああ、そうですか」
「擦った揉んだの揚句の果てだから、今すぐ新しい人事を起こす訳にもいかないしさ。ドイツ語の非常勤が要るんだ。まさか、中川の非常勤枠を増やすっていう訳にもいかないからな。お前、近いうちに履歴書持ってこいよ」
「はあ、わかりました」
全て私の与り知らぬところで事は進められている。不気味な世界に思えた。
やがて新学期が始まった。多田一家の面々は一人も落ちこぼれることなく専門課程に進んだ。大方の学生はそれぞれゼミを選んで学業に専念したのだが、どうしたわけか奥稲荷は独りゼミに所属することはなかった。それも一つの選択肢ではある。宗像は多田一家のメンバーではないものの、折に触れて研究室はもとより自宅にも顔を出していた。大学院はとうに諦めている。宗像も専門課程に進んだ。
しばらくして中川から帰りがけに一杯やっていこうと声がかかった。赴いた先は小売りの酒屋である。夕闇が迫る頃になるとその酒屋の店先には沢山の人が立ち並んでビールやらお酒を買って、店のカウンターで一杯やるのである。その飲み方は「角打ち」と呼ばれていた。昔は東京にもそうした場景はよく観られた。勿論、飲食業としての免許は持っていない小売りの酒屋だからサービスは出来ない。だが、これが堂々と行われていて取締りの対象とはなっていない。客はビールやら焼酎を頼んで、勝手にコップを取り出して、店先で飲んでいるだけというのが言い訳となっているようだ。とはいっても、缶詰などの他に幾つかのつまみも置いてある。割り箸から缶切りまで揃っている。中川はゆで卵を掴んだ。私は駄菓子屋の店先にあるような大きなガラスの容器から烏賊のゲソを取り出した。
「先生はここに来ると必ずゆで卵を召し上がりますね」卵の殻を?いている中川に言った。
「そうだね、僕は昔、汽車に乗ると、いつも網に入ったゆで卵を買って食べてたんだ。その名残だね。君はゆで卵は嫌い?」
「そうですね。嫌いというよりも固ゆでのだとむせってしまいますし、そもそも僕はつるんと喉を通らないものはあまり好きじゃないんです」
「どうだい?最近は何か面白い話ある?」ビールを私と自分のコップに注ぎながら中川が言った。
「いや、とりたてて面白い話なんてありませんが…」そう言って私は冷たいビールをごくりと飲んだ。
「実はね、僕の転出の事は君に黙っていて申し訳ないと思ってるんだ。でもね、ああした事ってね、外に漏らす訳にはいかないんだよ」
果たして私は外の人間であったようだ。
「古賀さんの後任なんだけどさ、平尾先生と学長から古賀さんの後任人事を進めるように云われたんだ」
「どう進めていきますか?」
「僕に腹案があるんだ」
中川はもう既に人選を済ませていた。矢張り、私の母校の高等学校でドイツ語を教えていて、その後、山陰の大学に転出した、ある人物の名前が上った。私は直接教わったことはなかったが、名前は知っている。篠栗とも昵懇にしている間柄で、中川はその人物に打診をしていたようだった。
「今度、五月に東京で開かれる学会で会う手筈で進めているんだ」
「そうですか。それじゃ、僕は特別に何かお手伝いするようなことはありませんね」
「君も学会には行くだろう」
「ええ、行きます」
「一応その時に改めて君に紹介するけどさ、どうぞ城南に来てくださいって云ってくれれば、それでいいよ」
「わかりました。そうします」
学会では仲人の丸山の他にも幾多の先生や同窓生たちに会い、旧交をあたためた。中川が当該の人物を連れてきた。私は中川に言われたように型通りの挨拶をしておいた。中川は平尾の姿を求めて会場をうろうろとした。私も二人に付き添うように後ろに付いていった。平尾は相良出版の編集者と何やら打ち合わせをしているようだった。こちらにちらりと目を送って寄越したものの、話し合いを打ち切ろうとする素振りはみせない。私は研究発表の会場に足を運んだ。この頃は大学紛争の余波を受けて大学での開催は見送られており、研究発表の会場は四谷のホテルで開かれていた。幾つかの研究発表を聞いて私はまた混雑するロビーに出てきた。丸山が私の顔を見るなりレストランへと誘った。私は上京するたびに丸山の家を訪ねている。今回は学会の会場で会えるということもあって、ご自宅には伺わなかった。丸山は早速ビールを注文した。康子との生活などに花が咲いたのだが、平尾と中川がうまく接触できたかどうかが気に掛かる。丸山は茹でたタコのように顔を真っ赤にしながら、近くを通る知り合いやら、昔のお弟子さんたちに私を紹介してくれた。夕暮時になって丸山は浅草に面白い居酒屋があるから、そこに行こうと言い出した。私たちはタクシーに乗り込んでその居酒屋に出掛けた。アワビが旨い店だという。店は大入りだったが、うまい具合に二人掛けのテーブルが空いていた。
「小僧さん、酒を二つ持ってきておくれ」
「ご酒一升、ふた〜つ、へ〜い」
慌てて「一合でいいんだよ」と小僧さんに訴えるのはお初の顔だと知れる。どこからも小僧さんの「ご酒一升!へ〜い」と妙な調子の甲高い声が聞こえてくる。景気づけのようだ。ビールは置いていない。日本酒だけだ。それも灘の「酔心」一種類である。
「肴は何にしましょう?」
お酒だけを頼むことは出来ない。肴も同時に注文しなくてはならないようだ。
「アワビの水貝二つ」丸山は心得たようにアワビを注文した。
「畏まりました!アワビ、水貝にて二人まえ〜。へ〜い」
たっぷり水を湛えた大きな鉢に賽の目に切ったアワビがゴロゴロと入っていた。アワビをこうして食するのは初めての事だった。適度な塩水に浸されたアワビはいくらでも食べることができる。実に旨い。お酒は一合升を受け皿にしたコップになみなみと入っている。私は一口飲んでから升に溢れたお酒を改めてコップに注いで、升ごと口に運んだ。二杯目を飲むような気分で楽しい。丸山は升の中のお酒はそのままにしてあるので、コップを上げ下げするたびに升の中で溢れたお酒がちゃぷちゃぷと音を立てるし、コップからお酒が垂れてだらしないのだが、丸山は一向に構わぬ風情でお酒を飲んでいる。
「先生、このお店はよくお出でになるんですか?」
「いや、この間な、教授会が終わったあとで帰りがけに同僚から誘われて、ここに来たんだ。なかなか面白い店だから、今度おめえが来たら連れてきてやろうと思っていたんだ」丸山は酔うと私ら教え子を『おめえ』と呼ぶのが口癖である。
「そうですか。有難いことです。博多でも色んな新鮮なお魚は食べられるんですけど、これは初めていただきました」
「どうだ、うめえだろう。康子さんは元気か?」先ほどと同じことを聞かれた。
「はい、元気にしております。先生にくれぐれも宜しくと申しておりました」
「そうか、いいことだ。夫婦仲良くしてるか?おめえな、結婚前にも云ったような気がするけど、この先、おめえの気を惑わす女性が出てこねえともかぎらねえ。いいか、何があっても、そうした女性の事は他の人物に云っちゃあならねえぞ」
「はい、重々承知しております。ところで、先生、大学ってところも軽々に口にしてはいけない事が多いですね。まして人事なんかでは…」
「なんだ、おめえはもう人事なんぞに顔を突っ込んでるのか?」怒ったような口ぶりだった。
「いや、僕はそうした事については一切、耳を塞がれるような形で、直接は全く関わってはいないんですけど…」
「そうだ!それでいいずら。おめえは今は勉強だけしてりゃいいんだ。ま、呑め!」丸山は自分の升に溢れている酒を私のコップに注ごうとした。
「お客さん、ご自分のご酒を他の人に注いでもらっちゃあ、困ります」小僧さんに嗜(たしな)められた。
「あ、そうか。酒もそうだけど、こっちの方も無くなるな、おい多田君、酒とこいつをもう一鉢頼んでくれ。これ、タコだろう?」
「先生、アワビですよ、これは」
私は小僧さんにお酒とアワビを注文をした。この居酒屋は一風変わった店である。まず、小僧さんの甲高い声での受け答えもそうだが、お酒は一人宛て三合までと決まっている。四合目を頼もうとすると、「もう三つお召し上がりましたから、お仕舞です。へ〜い」どんなに頭を下げてもそれ以上は持ってこない。近くのあまりいけそうにもない風情の客を見つけて、その客の顔で頼もうにも、どちらを見回してもどれもこれも鼻の頭を赤く染めているような客ばかりで、おいそれとは事が運ばないし、先ほどのように客同士で都合をつけることも固く禁じられている。最後の一杯となると肴ばかり頬張っているわけにもいかず、誰もが悲しそうな顔をしている。酒も肴も三つでお仕舞である。まさか、しみ込んだ酒をしぼりだそうと升に噛り付くわけにもいかない。込み合ってはいても客は頻繁に入れ替わる仕組みである。
翌日も学会の会場に出掛けた。篠栗と顔を会わせた。松浦も一緒だった。
「昨日は丸山先生に誘われて浅草にアワビを食べに行きました」
「そうか。お前はいつ帰るんだ?」
「明日帰ります。先生は?」
「俺たちは、明日、学修院の研究室に寄ってから帰るよ。松浦さんがどうしても連れて行けってきかないから」
「クリさんの母校だからな、東京に出てきたら必ず俺も挨拶していくんだ」
「中川先生はどうされたんでしょう?今日はお会いになりましたか?」
「いや、会ってない。松浦さん、中川を見かけた?」
「いや、今日は見てねえな。昨日は例の男を連れてうろうろしてたけどな」
中川には会えずに私は会場を去り、翌日、博多へと舞い戻った。大学に出掛けて中川の研究室のドアをノックした。
「やあ、いつ帰ってきたんだ?」
「昨日です。先生はいつ戻られたんですか?」
「僕も、昨日帰ってきた」
「二日目の学会ではお見かけしませんでしたけど…」
「うん、東京には一日だけいて、それから長野の実家に行ってそのまま福岡に帰ってきたんだ」
「そうでしたか。それで平尾先生とはあの後お会いになれましたか?」
「いや、平尾先生は結局、夕方まで相良出版の編集者やら社長と顔を突き合わせていてさ、結局のところ面談叶わず、っていうこと」
「それじゃ、人事の件は進捗なしですか?」
「進捗どころの話じゃないよ。全く無礼千万だよな。城南に着任してもらおうと平身低頭でお誘いして、この学会で平尾先生の方から直々に着任をお願いしてもらう段取りだったていうのにさ。相手だってああした素振りを見せつけられちゃ、頭にくるよ」
「ということは?」
「おじゃんだな、今度の人事は。平尾さんの巧妙なしっぺ返しさ、僕に対する。実に剣呑、剣呑!」
丸山のことば通り若造の私が口を挟む問題ではないようだ。陰湿極まりない象牙の塔の一端を垣間見たようで空恐ろしく思えた。
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